2009年11月22日

『武術』から『武学』へ

ブルース・リーの代表作『燃えよドラゴン』に、「究極の武術とは何か?」と師に問われて、リーが「型を持たぬことです」と答える場面があります。
今回ご紹介する「韓氏意拳(かんしいけん)」も、少なくとも外見上の特徴としては、この「型を持たない」ということが、挙げられるかもしれません。

『意拳』とは、近代中国において「国手(国を代表する達人)」と称された王郷斎(おうこうさい)が創始した武術です。王郷斎は、「半歩崩拳」、つまり踏み込んでの中段突きだけであらゆる相手を破り、生涯不敗を誇った伝説的な人物です。
その王の高弟の一人が韓星橋(かんせいきょう)。
『韓氏意拳』は、その名の通り、『韓一族が受け継いだ意拳』というわけですね。

意拳において最も重要にして白眉とされるのが、『站椿(たんとう)』と呼ばれる基礎練習です。
これは、目の前に球を抱えたような姿勢でただ「立つ」というもの。
立つ!
前回紹介した走圏の「歩く」よりもさらに根源的というか、(外見上は)もう動作ですらない。
そのため、韓氏意拳初学者の稽古風景は、もはやどこぞの気孔かヨガの教室かと見間違うほど平和に満ちております。はー。


芸術などと違って、武術の特徴は、「より明確なかたちで検証可能である」ということかもしれません。
韓氏意拳とは何か。まだ学び始めて二年目の自分が答えられることではないですが、ひとまず仮に定義するなら、
「武術という検証可能な手段を通じ、自然や、この世界の原理を体認してゆく学問」
ということになると思います。
先に紹介した站椿(たんとう)はそのための設問、一撃必殺の拳はその答えのようなものかもしれません。

わかりましたか?よくわかりませんね。
何はともあれ、どこか癒し系、スピリチュアル系の趣きさえ感じさせるこの『韓氏意拳』、しかしながら非常に学ぶ人を選ぶ武術かも。
手っ取り早くガシガシ殴り合いたい方には向かないでしょう。
自分の身体をフロンティアにして、静かに自然と語らいたい・・・そんなすこーし変わった方は、是非どうぞ!
posted by まけあじ at 21:35| 青木賢治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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