2009年08月10日

政治

実家のある町は「てるてる坊主のふるさと」でしたが、僕が中学生の時に町長が交代して「花とハーブの郷」になりました。今はワインを作っているらしいです。
戦前は絹糸工場で栄え、戦後は精密機械の工場がとって代わりました。
人口が一万少しの小さな町なので工場が一つあればなんとかなったのです。
精密機械の工場の近くに工業高校がありました。工場と同時期に誘致されたのでしょう。
そして工場で働く人が住むために団地があり、工場で働く人が出ていかないように町には駅がありませんでした。
町の規模からは考えられない総合病院があったのも、町の中だけで住民の生活を完結させるためだったのでしょう。

…すいません。ちょっと妄想が混じってます。ただ、何故、実家のある町には電車が走っていなかったのか考えていたら想像が広がってしまっただけです。
posted by まけあじ at 20:09| 塩瀬篤也 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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